iPadの電子書籍『歌うクジラ』ができるまで

歌うクジラ

村上龍氏の長編小説『歌うクジラ』がiPadのアプリとして発売されました。坂本龍一氏の音楽と共に楽しめる新世代の小説です。

メールマガジン『JMM』にて経緯が詳しく書かれていましたので引用してご紹介します。文字のサイズが変更できないというクレーム、出版社を通さずに発売されたことへの回答も含まれています。

■『歌うクジラ』電子書籍化にあたって

 最新作の長編小説『歌うクジラ』(初出:文芸誌「群像」講談社」)を、電子書籍化した。紙の書籍に先行しての発表となる。現在はiPadのみで販売しているが、今後は、他のデバイスでも発表していく予定だ。電子書籍に関しては、以前から興味はあったが、昨年あたりからリーダー機能を持つ新しいデバイスが次々と発売され、今年が「電子書籍元年」となるだろうという予感があり、友人の坂本龍一と、そういったことをメールでやりとりしていた。

 今年1月末、『歌うクジラ』は完結し、脱稿後に、これはわたしにとっての最初の電子書籍にふさわしい作品だと確信した。22世紀初頭、つまり100年後の世界を描いた未来小説であり、具体的な未来のアイテムやモチーフがちりばめられている。つまり、不老不死遺伝子が発見・開発され、治安維持から医療までありとあらゆる種類のロボットが活動し、記憶細胞が特定されてイメージの共有や移植のための電子機器が実用化され、宇宙空間への旅も可能になっているという世界が舞台となっている。まさに、電子書籍にふさわしい小説だと思ったのだった。

 電子書籍化にあたって、画像と音楽を織り込もうと思った。坂本龍一はオリジナル楽曲4曲の制作を快諾してくれた。坂本から音楽が届いたとき、不思議な感慨が起こった。これまで音楽家は、演劇や映画や舞踏などに楽曲を提供してきたが、「小説のために作られた音楽」というのは、ひょっとしたら歴史上はじめてかも知れないと思ったのだ。音楽は、基本的にページをめくる動きがトリガーとなって、600ページを超える作品中、10数カ所で聞こえてくる。ページめくりが音楽開始のトリガーになっているので、文字の大きさを変えることができなくなった。文字の大きさを変えると、ページレイアウトが変わり、音楽が聞こえてくるタイミングが違ってくるのだ。読者に対し、その点は了解いただきたいと思う。どのシーンで、どの音楽を、どのような音量で聞かせるかを決めるのに1ヶ月以上かかった。単なる背景音にはしたくなかったからだ。

 紙書籍の版元である講談社の理解を得ることも非常に重要だった。講談社は、わたしをデビューさせてくれた出版社であり、友人も多い。紙書籍に先行して電子書籍を販売することには抵抗も大きいと思ったのだが、「そういう新しい試みを講談社は支持します」という理解ある反応が返ってきた。アプリ製作は、JMMの運営・配信などでタッグを組んできたグリオに依頼したが、そのあとも、講談社は終始好意的で、情報を交換したり、助言を受けたりした。

 画像に関しては、グリオ所属のアーティスト篠原潤が担当した。表紙と扉絵ではアニメーションを使っている。静止画では紙書籍の装幀や挿絵と変わらないと考えたからだ。篠原君が、膨大な資料を読み込んで作成した銃器や警備用ロボットや飛行自動車、それに宇宙エレベーターなどのCGは、電子書籍でなければ表現できなかった。だが、画像も、音楽も、小説という表現の自律性を損なうことがないように注意した。小説の世界を「補完する」ためにではなく、「広げ深める」ために、画像と音楽を使用するように心がけた。

 電子書籍市場の将来については、わたしは予測できない。おそらく音楽や映画のパッケージ商品とは違って、紙書籍は残っていくと思う。だがある程度の変化と淘汰は起こるだろう。だが間違いないのは、作家と読者との距離が縮まるということだ。作家は、新しい媒体を手に入れることになるわけだが、これまで以上に質の高い作品を生み出す必要がある。電子書籍元年にあたっては、「今後どうなるのか」ではなく「自分はどう対応するのか」が求められているのだと思う。

村上 龍

■『歌うクジラ』アプリ概要

「村上龍 歌うクジラ」は22世紀を舞台にした冒険小説で、音楽家の坂本龍一氏が新たに書き下ろした荘厳な音楽と、美しいアートワークを加えた、単なる電子書籍ではない全く新しい形のアプリケーションです。美しい曲線を描きながらアニメーションするページターンや、物語を快適に読むための格納型操作メニューを有し、巻末には、本作品のアートワークを担当した、グリオ所属のアーティスト篠原潤が、制作の過程で書き下ろしたアートワーク集を収録しています。なお、ページターンがトリガーとなって音楽が開始されるために、本アプリでは字の大きさを特定しています。文字の大きさを変換できるようにするとレイアウトが変わり、音楽開始箇所がずれてしまうためです。なにとぞご了承ください。

【タイトル】「村上龍 歌うクジラ」
【対応機種】iPad
【価格】1500円(税込)
【カテゴリ】App Store > ブック
【発売元】株式会社グリオ
【公式サイト】http://www.ryumurakami.com/utaukujira/


2010.07.19category:iPad
マリメッコのすべて フィンランドを代表するデザイン・カンパニーの歴史とテキスタイ ル、ファッション、インテリアの徹底研究
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